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東京地方裁判所 昭和36年(タ)98号 判決

原告 ドナルド・ウイリアム・モーザー

被告人 節子・甲斐・モーザー

主文

原告と被告とを離婚する。

原、被告間の長女ジヤネツト・マリエ・モーザー(Janet Marie Moser )、長男ジエイムス・ウイリアム・モーザー(James William Moser )及び次女リンダ・アン・モーザー(Linda Ann Moser )に対し監護権を行使する者を被告と定める。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人等は「原告と被告を離婚する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、

一、原告はアメリカ合衆国メツドフオード市に出生し同国の国籍を有する者、被告はもと日本国籍を有していたが、一九六〇年(昭和三五年)六月中にアメリカ合衆国々籍を取得した者であつて、原被告は一九五四年末福岡市において知合い、翌一九五五年五月二日、同市所在のアメリカ合衆国領事館において適法に婚姻し、同日その届出を了した。原被告間には長女ジヤネツト・マリエ・モーザー(一九五五年七月七日生)長男ジエイムス・ウイリアム・モーザー(一九五六年一二月二〇日生)二女リンダー・アン・モーザー(一九五八年八月二三日生)の三子がある。

二、原告はアメリカ合衆国軍人であり、婚姻後被告と福岡市内及び板付米空軍基地内に居を構えて同居していたが、一九五七年四月原告がアメリカ合衆国ルイジアナ州バークスデール航空基地に転勤となつたので原告は被告及び子等と共に帰米した。その後一九六〇年八月原告は立川市内米空軍基地第六〇〇一航空基地部隊に配属となつたので原被告は再び三人の子供と共に来日し、原告肩書地に住居を定めた。

三、右婚姻生活中被告は当初から家事を怠りがちであつたが、前記のとおり一九六〇年に来日してからは、その程度は益々烈しくなり、しかも経済的観念に乏しく原告の忠告にも拘らず家の中は乱雑を極め原告は家庭において休養をとることができず、その結果原告は神経衰弱に陥り、軍務の遂行に支障を来たすようになつた。その後一九六〇年十一月頃原告の家庭内の状況をみた所属部隊司令官の忠告に従い原告は前記基地内の独身兵宿舎に移り、被告と別居するに至つた。その後も被告は原告の再三の忠告にも拘らず前記のような生活態度を改めることなく却つて原告に対し、原告との婚姻関係を継続する意思がないことを表明するに至つた。そこで原、被告は協議の末、前記三人の子供は被告がアメリカ合衆国において監護養育すること、原告は右子供達が満一八才に達するまで毎月一人宛五二ドル三〇セントを被告に支払うこととし、被告は右三人の子供を連れて被告肩書地に赴き原被告は別居のまゝ現在に至つている。

四、法例第一六条によれば離婚は、その原因たる事実の発生した時における夫の本国法、即ち本件においてはマサチユセツツ州の法が適用されるべきところ、前記事実は同州法に離婚原因として規定されている「残酷及び虐待的待遇」に該当し、且つ我が民法第七七〇条第一項第五号の「婚姻を継続し難い重大な事由があるときに該るから、原告は被告との離婚を求め、且つ原、被告間に出生した前記三人の子供の監護者を被告と定めることの裁判を併せ求めるため本訴に及んだ」

と述べた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する」との判決を求め、答弁とし、原告主張の請求原因事実中原、被告が原告主張の日に婚姻したこと、原、被告がアメリカ合衆国ルイジアナ州バークスデール航空基地に居住したこと、被告がアメリカ合衆国の国籍を取得したこと、及び原被告間に子供の監護養育費の負担について原告主張のような合意が成立したことは認める」と述べた。〈証拠省略〉

理由

一、職権をもつて本件離婚訴訟について我が国裁判所が裁判管轄権を有するか否かについて検討するに、いずれも公文書であるから真正に成立したものと推定すべき甲第一ないし三号証、原被告各本人尋問の結果によれば、原告は米合衆国マサチユーセツツ州において出生し米合衆国の国籍を有し、本件訴提起前の昭和三五年一一月頃から原告肩書住所地の米合衆国軍隊基地兵舎内(原告は同軍隊の軍人)に居住していること、又被告はもと日本の国籍を有していたが昭和三二年頃米合衆国ルイジアナ州に居住中その任意の意思によつて米合衆国の国籍を取得しこれにより日本国籍を喪失(国籍法第八条)し、本件訴提起直前まで日本国内に居住していたが昭和三六年二月下旬からは被告肩書住所地の米合衆国内に居住していることが認められ、従つて原被告とも本件訴提起当時我が国の国籍を有せず且つ我が国内に我が社会生活の一員に組入れられている意味における住所を有していないことが明らかである。然しながら右各証拠によれば原被告は昭和三〇年五月二日福岡県において婚姻して以来昭和三二年四月頃まで同地で同棲居住し、その後同月から昭和三五年八月頃まで米合衆国内に居住したが、同月再び来日し以来同年一一月頃まで東京都内で同棲居住していたが、その頃双方合意のうえ別居することにして、原告は前記の如く原告肩書住所地の米軍兵舎内に居を移し、他方被告は翌三六年二月下旬前記の如く渡米したことが認められ、右事実によると原被告は我が国において婚姻し、その婚姻生活の大半を我が国で過し且つ夫婦の最後の共通の居所も我が国内に有していたことが明らかである。ところで夫婦ともに外国人である当事者間の離婚事件について我が国裁判所が裁判管轄権を有するには原則として当事者の少くも一方が我が国に前述の意味における住所を有することが必要であると解されているが、本件の如く夫婦とも右の住所を有しなくても、我が国で婚姻し、その婚姻生活の大半を我が国で過し且つその最後の共通の居所も我が国内に有し、なお一方が我が国内に居住しているような特段の事情がある場合には、当該夫婦の一方から我が国に右離婚訴訟を提起せしめることとしても他方に対して不公平であるといいきれぬこと、却つて離婚訴訟に要する証拠の収集、提出の便宜、又その目的とする判断の適正の確保の見地からこれを認めることが正義及び合目的性の原則に適い、国際私法的生活の円滑と安全を期することになることなどの考慮によると、本件離婚訴訟について我が国裁判所は例外的に裁判管轄権を有するものと解する。

二、よつて本案について判断するに、いずれも公文書であるから真正に成立したものと推定すべき甲第一ないし第六号証、証人ドナルド・リー・ラスムーセンの証言、原被告各本人尋問の結果に本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると、原告主張の請求原因事実をすべて認めることができる。

法例第一六条、第二七条第三項によれば本件離婚については、その原因事実発生当時における夫たる原告の本国法即ち前掲証拠により原告の住所(ドミサイル)の存する地と認められるアメリカ合衆国マサチユセツツ州法及び日本民法を累積的に適用すべきところ、前記認定の事実は同州法において離婚原因とされている「残酷及び侮辱的待遇」に該当し(Annotated Laws of Massachusetts 1933)且つ、我が民法第七七〇条第一項第五号にいわゆる「婚姻を継続しがたい重大な事由あるとき」に該当すると認めるを相当とするから原告の本訴離婚請求は理由がある。

次に離婚の場合の未成年者の子の監護者の指定、その方法は離婚の効果として発生する法律関係であるから離婚の準拠法によるべきものと解するのが相当であるから本件においては前記のとおりマサチユセツツ州の法律によるべきである。しかして同州の法律によれば、離婚当事者間の未成年の子の監護教育及び何れの当事者が監護者となるかなどは離婚の裁判において又はその後の裁判を以て裁判所が子の利益を考慮して定める旨規定されている。しかして前掲証拠によれば原被告間の三人の子供は被告がその肩書地において現に養育して居り、同所は原告の実家も近く、原告の母も右子供達の面倒をみることができること、原被告間に右子供達の監護者を被告とする旨の合意が成立しており、原告は被告に養育料を送つていること、以上の事実が認められ、右事実によれば原被告間の前記三子の監護者を被告と定めるを相当とする。

三、よつて原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高井常太郎 渡部保夫 高橋朝子)

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